二. すし・すしダネの知識
にぎりずしには慣習上、「赤身」「白身」「光もの」「煮もの」「貝類」といったすし店特有のすしダネの区分があります。「赤身」「白身」は魚肉の色の違い、「光もの」は背の光った小型の魚、「煮もの」は加熱調理して煮つめをぬるものを指し、「貝類」は文字通り、貝を使ったタネのことです。
なお、この検定では「すしダネ」または「タネ」という言葉を用いておりますが、地域やお店によっては「ネタ」という言い方もされますので、同じ意味としてご了解くださるようお願い申し上げます。
01. 赤身のタネ
「赤身」のタネにはマグロの赤身や中トロ、大トロ、カツオがありますが、実態としてはマグロ類にはクロマグロ(ホンマグロ)、メバチ、キワダ、ビンナガ、インドマグロ(ミナミマグロ)、大西洋マグロがあり、キハダ類にはマカジキ、メカジキ、シロカワカジキ、クロカワカジキ、バショウカジキがあります。また、サケ、マスも伝統的な赤身ダネです。
02. 白身のタネ
白身」のタネにはタイやヒラメを筆頭に、サワラ、カレイ、スズキ、カンパチ、シマアジ、ブリ、ハマチ、イサキなどが使われます。昔のすし店では限られた種類の白身しかありませんでしたが、戦後の冷凍・冷蔵設備の向上や輸送の進展によりその種類は時代とともに増えています。
03. 光もののタネ
「光もの」として扱われるのはコハダ、アジ、サバ、キス、サヨリ、カスゴ、イワシ、サンマ、イボダイなどがあり、これらは多くが酢でしめられて使われるのが大きな特徴です。しかし、近年はアジ、キス、サヨリなどは生のまますしににぎるところもあります。
04. 煮もののタネ
「煮もの」のタネはアナゴをはじめ、イカ、アワビ、ハマグリ、タコ、シャコなどがあります。イカやアワビは、現在では生で供することが多くなっていますが、伝統技術を残すすし店ではアワビの塩蒸しや煮アワビ、煮イカのすしをいまだに煮ものダネとして供しています。加熱調理したタネという観点から、玉子焼をここに加える考え方もあります。
05. 貝類のタネ
「貝類」は原始時代の貝塚の発見に見るとおり、日本人の食用としては古く、すしとしての歴史も奈良時代の記録にはすでにアワビ、イガイのすしの名が見られ、江戸前ずしとしても古くから使われてきました。ただし、昔は二杯酢や三杯酢に漬けてからすしににぎっており、現在のように生でにぎるようになったのは関東大震災以後のことです。赤貝、トリ貝、タイラ貝(タイラギ)、アオヤギ(バカ貝)、アワビ、ホタテ貝が標準ダネとされます。
06. カジキとマグロは別科
「赤身」のすしダネにカジキ類が入ることを述べましたが、これをカジキマグロと呼んで、マグロの仲間だと思っている人が多いですが、魚の分類上はマグロ類はサバ科、カジキ類はマカジキ科とメカジキ科の魚とされているので、厳密にはカジキマグロという呼称は間違いになります。カジキ類はマグロ類とは種類が違います。
07. マグロの台頭
今日、にぎりずしの筆頭とされるマグロは、昔は下魚として扱われていました。マグロが江戸前ずしに登場するのは、いまから130〜140年前の天保年間とされ、マグロがとれすぎて非常な安値になり、試しに屋台店が使ってみたところ、扱いとしては下魚であっても意外に江戸っ子の人気をさらったといわれています。ただし、この頃から明治半ばまでは醤油に漬ける“ヅケ”としてにぎられ、もっぱら脂肪の少ない赤身が使われました。トロはもっとも価値がなく、高級店は背の身の方から選んだそうで、腹の身しかない場合は脂肪の多い部分を河岸にひきとってもらいました。マグロの種類も明治・大正の頃までは出前が主なので、時間がたっても色の変わりにくいマカジキやキワダの方が好まれました。現在のように脂肪の多い部分が好まれ、クロマグロが高級品になるのは関東大震災以後であり、トロに人気が出るようになったのは屋台が盛んになった昭和初期からです。
08. 出世魚
出世魚とは成長にしたがって呼び名が変わる魚のことです。すしダネの中ではコハダが代表的で、東京あたりでは4~5cmの幼魚をシンコまたはジャコと呼び、7、8cmから10cm程度のものをコハダ、12~13cmのものをナカズミ、15cm以上をコノシロと呼びます。ちなみに、学名はコノシロ。東京ではシンコ以後はコハダと呼び慣らすことが多く、関西ではツナシの一語で通じます。すしに使われる出世魚には、ほかにブリ、スズキがあります。
09. さばのことわざ
・サバの生き腐れ
サバの腐敗が早いことを言ったもので、ちょっと見には鮮度が高いように見えながら、内側の肉の方はすでに腐っていたりする意味です。
・サバ読み
数量をごまかすこと。昔は魚の売買を数をかぞえるやり方をしていたことから、多量の売り買いになるほど数にごまかしがききやすいことからいわれます。
・秋サバは嫁に食わすな
秋サバの旨さをあらわす喩えによく使われますが、姑の嫁いびりとか、あるいは「サバの生き腐れ」に当たらないようにという親心とも、秋のサバは脂肪がのっていても子がないので、縁起をかついで嫁に食わすなという心づかいとも解釈はいろいろです。
10. サクラダイとムギワラダイ
白身の王様といわれるタイ(マダイ)は周年美味といわれていますが、脂肪がよくのり、体の鮮紅色が一段と鮮やかになるのは産卵期の直前で、この時季は産地で桜の花の咲く頃と重なることから「サクラダイ」と呼ばれる旬に当たります。産卵期およびその直後のものは味において劣り、ちょうど麦の実る頃と同じになるので「ムギワラダイ」と呼んで区別されています。
11. エンガワ
すしや刺身でことのほか珍重される「エンガワ」は、ヒラメやカレイのヒレのつけ根にある身のことです。ヒラメやカレイのヒレは大きく、よく動かすのでつけ根の部分が発達して、身がしまっている上に脂ものっています。1枚のヒラメからわずか4本のエンガワしかとれないので、その希少性とともに高級すしダネとして扱われます。
12. ハモ、アナゴ、ウナギ
江戸前ずしのアナゴ、関西ずしで使われる夏を代表する白身魚のハモ、そしてウナギは、広い区分けではウナギ目としてまとめられ、それぞれアナゴ科、ハモ科、ウナギ科に分かれます。実際、この3種類は体は細長い円筒状で、背ビレ、尾ビレ、尻ビレは1本につながっており、腹ビレがないという共通点があります。昔、北海道ではアナゴのことをハモとも呼びましたが、これはアナゴが悪食で何でも食べてしまうため、「食む」(はむ)が訛ってハモになったと考えられています。
13. イカの印籠詰め
江戸前ずしの古いすしの形に「イカの印籠詰め」というのがあります。スルメイカやヤリイカを甘く煮た胴の中に胡麻や海苔、かんぴょう、ガリなどの具を混ぜ込んだシャリを詰め込んだすしです。印籠とはその昔、薬などを入れて腰に下げた長円筒形の小箱のことで、その形から連想して名づけられ、戦前までは江戸前すし店ではごく当たり前に出されていたすしです。
14. 海老のオドリ
きたクルマ海老を殻をむいてそのままにぎるすしを「オドリ」と言います。すしににぎった直後でも海老がピクピクと動いていることからの呼び名で、東京でこのすしが見られるようになったのは戦後から、関西では戦前からすでにあったそうです。
15. バカ貝が正式名称
アオヤギ(青柳)は、千葉県の青柳(内房の五井と姉崎の中間にある地域)で多くとれたことから、主産地の地名で呼ばれるようになった珍しいケースです。正式名称は「バカ貝」。どうしてバカ貝の名前がついたのかは不明ですが、一説には干潮時になるとこの貝が口をあけて長い舌をペロリと出している姿が馬鹿のように見えるからといわれます。
16. イクラ
子どもにも人気のあるすし「イクラ」はサケの卵ですが、この名前はロシア語のikuraです。イクラはチョウザメからキャビアをとることからヒントを得て、ロシア人の知恵から生まれたといわれています。すしに使われるようになったのは戦後からで、卵巣膜のまま塩漬けにするのがスジコ、卵巣膜をとりのぞいて卵を一粒一粒ばらして生、または塩や醤油などに漬けるのがイクラです。
17. 主な関西ずし
関西ずしの主な種類には、大阪を代表する「箱ずし」や「小鯛雀ずし」、「サバの棒ずし」や「バッテラ」、「松前ずし」、「巻きずし」などがあります。これらは醤油を付けず召し上がっていただけ、事前に調理した材料を使用する為に、にぎりずしに比べて時間持ちがするという特徴があります。
18. 箱ずしし
「箱ずし」とは、「一枚箱」とか「二枚箱」とか呼ばれている箱で押したすしです。その箱は「白身の箱」「ケラの箱」「焼き身の箱」の3種類の箱を組み合わせてつくります。白身の箱はコダイ、ケラの箱は厚焼き玉子、海老、白身魚の3種、焼き身の箱にはアナゴ、またはハモなどのネタが使われるのが一般的です。
3 種類の箱ずしは、一枚箱の場合は6切れに切り、二枚箱は12切れに切り、白身2切れ、ケラ2切れ、焼き身2切れの計6切れの組み合わせを箱ずし1箱分とします。この様式が確立されたのは明治時代の中期、大阪船場、淡路町の吉野寿司三代目、寅三がそれまでの大衆魚から小鯛、車えび、厚焼き玉子等、高級な食材を使い、焼く、蒸す、煮る、酢で締める等の手間をかけ、二寸六分の箱で押した見た目にも美しいすしを考案、その前身は一般に、江戸期の柿(コケラ)ずしとされています。それが船場の旦那衆に大いに受け、大阪の郷土料理として現在に受け継がれています。箱ずしは、江戸前のにぎりずしに相当する位置をしめており、普通に大阪ずし一人前(盛り合わせ)といえば、箱ずしと巻ずし、伊達巻などで一人前をつくります。
また、大阪のすし屋用語では、現在でも箱ずしのことをケラ、またはコケラずしとも呼んでいます。漢字で柿(コケラ)と書くのは古く平安時代から用いられた言葉で、屋根を葺くときの薄くはいだ板のことをいい、その柿葺きのように薄く切りつけたネタを箱の中に詰めたすし飯の上に並べて押すことから柿(コケラ)ずし、略してケラずしといわれています。
19. 小鯛雀ずし
「小鯛雀ずし」は大阪・福島の名物であった「雀ずし」が起源で、これは江鮒(エブナ、ボラの子)を背を開いて塩をしたものに飯を詰めこんだ生成のすしで、飯のために魚の腹がふくれて雀の形に似ているところからついた呼び名と考えられています。この江鮒を小鯛に変え、早ずしとしたのが「小鯛雀ずし」で、大阪の老舗『小鯛雀鮨 鮨萬』初代が創始したすしです。天明元年(1781)に、宮中(京都御所)にすしを納めることになったことから江鮒を小鯛に変えたのが始まりと記録にあり、200年以上の歴史を持ちます。ちなみに、「小鯛雀ずし」は『小鯛雀鮨 鮨萬』の商標登録です。
20. 関西のサバずし
関西ずしにおけるサバずしを大別すると、「棒ずし」(別名、姿ずし)「松前ずし」「バッテラ」の三つに分かれます。このうちもっとも古いのは「棒ずし」で、「松前ずし」と「バッテラ」は明治時代に始められました。
「サバの棒ずし」は魚の姿の形を活かすという点からみれば、日本のすしの源流であるとされる近江の鮒ずしなど、各地の現存する古いすしの系譜に入るものと考えられています。しかし、製法的には長時間漬け込んで自然発酵を待つ馴れずしとは異なり、酢を使って短時日にすしにしてしまう早ずしになります。元来、郷土ずしであった京都の「サバの棒ずし」を「鯖姿寿司」として完成させたのが祇園『いづう』の初代、いづみや卯兵衛であり、いまから約230年前の天明年間になります。「サバ棒ずし」が全国的に知られるようになったのも『いづう』の功績が大きいといわれています。
「松前ずし」は、北海道の松前昆布を肉厚の鯖寿司の上に巻いた棒寿司の事で、当初は、「昆布巻ずし」などと呼ばれていましたが、明治45年に大阪の『丸万』が「松前ずし」の名前で商標登録してから、その呼び名が広まりました。その後、『丸万』が登録をはずしたので誰でも使える一般名称になっています。すしを押す際には、布巾または、専用の長箱を使いますが、その箱にはいろいろな種類があります。
21. バッテラ
「バッテラ」は明治27~28年頃、当時、大阪湾でコノシロが大量にとれたことからそれを『寿司常』が布巾じめにして売り出したのが始まりです。その形がボートに似ていることからバッテラと呼ばれるようになりました。バッテラはボートを意味するポルトガル語の“バッテイラ“(bateira)が訛ってできた言葉です。その後、コノシロの値が上がり、かわって安いサバが使われるようになり、舟型では材料のロスが出やすいことから、今日見るような長方形のすし型に改良されました。具体的には、サバの押寿司の上に半透明の白板昆布を巻き、6切れに切ったものです。
22. 小袖ずし
すしの切り口の断面が着物の小袖の形に似ていることから小袖ずし。折詰や特別な注文のときや、趣を添えるすしとして作られることが多く、材料にはサバ、コダイ、エビ、紅ザケ、ヒラメ、アジなどが使われ、昆布〆にして棒ずしにします。
23. 江戸前ずしと関西ずしの違い・シャリの違い
関西ずしではご飯を炊くときに、水にだし昆布を入れて炊き、合わせ酢には江戸前ずしに比べて砂糖の量を多く使い、濃い目に味つけします。 炊き上がったご飯に酢を合わせるときも、江戸前ずしの場合はウチワや扇風機で風を送って余分な酸味を蒸発させ急激に温度を冷ましますが、関西ずしでは比較的ゆっくりと冷まし、ご飯の中まで酢をしみ込ませます。
24. 江戸前ずしと関西ずし・海苔の違い
すしの巻もの全般を江戸前では「海苔巻」、関西では「巻ずし」というのが、一般的な通り名です。また、江戸前の巻ものは焼き海苔で巻いて香りとパリッとした歯ざわりを出すのに対し、関西では海苔を生のまま使います。焼き海苔に比べて海苔が破れにくく、ある程度の時間をおいても色ツヤの変わるおそれがないからです。
24. 江戸前ずしと関西ずし・海苔巻きの違い
江戸前の海苔巻には丸く巻くものと、四角に巻くものとがあります。丸く巻くものは中の芯(具)を見せずに横に並べて使うもので、主として折詰や盛り込みに使われます。四角く巻くものは芯を見せるように、立てて使うものです。
関西ずしで巻ずしといえば、多くが太巻をさしており、大きな位置をしめています。その理由は、大阪や京都は寺が多く、仏事の折りは精進巻がかならず配られたという庶民の生活と関わりが深かったからといわれています。